おはなしかご
 

エッセイ集

エッセイ集
2020年 新春「いい話」


「上を向いて歩くと涙がこぼれない」・・という歌がある。だが上を向いても涙はこぼれる。
頬をつたってこぼれる。・・・
ソチオリンピックで苦しい状況に立たされた浅田真央さんが、懸命に自分と戦った姿は今でも多くの方の心に残っていると思う。 すべてが終わった時、真央さんは上を向いて泣いた。涙が頬を伝ってこぼれていた。きらきらと光る美しい涙だった。
その姿を見て「上を向く」・・とはただ顔を上に向けることではないのだとはっきりと知った。
何年か後に彼女は「あの日の前夜、どこかに逃げてしまいたかった」と言っていた。
だが、次の日彼女はリンクに立った。体が奥底から震えていたそうだが逃げなかった。上を向いて戦ったのだ。

2002 年のサッカーワールドカップの時の出来事である。
デンマークは和歌山がキャンプ地だった。練習を一般公開したチームで地元の人達や子供達との交流も大切にした。 ある日、選手と子供達との握手会があった。それぞれの選手達の前には長い列ができた。 やがて、一人の少年の番がきた。その子の前にはトマソンという選手がいた。だが、その子はなぜか?立ちすくむだけだった。 後ろから母親が握手をするように背中をおして促した。すると少年は意を決したように、ポケット から一枚の紙を取り出し、トマソン選手に渡した。
その紙には学校の英語の先生に書いてもらったという英文 でこう書かれていた。
「僕は耳と口が不自由で話すことと聞くことができません。でもサッカーが大好きです。トマソンさん頑張ってください」
トマソン選手はそれを読むと、すぐに手話で話しだした。
少年が驚いて、どうして手話ができるのかと尋ねた。だが、手話は国によって違いがあるらしく互いに通じずに、 急遽 通訳が入り、筆談が始まった。・・・トマソン選手が言った。
「僕にも、君と同じ試練をもつ姉がいます。その姉と共に生きてゆくために手話を覚えたのです。
君の試練はとても辛いことだと思います。でもその辛さは君だけでなく、君の家族も同じ試練を共有しているのです。同じ試練を一緒に生きているのです。君は独りぼっちではないのだということを理解していますか?」 少年がうなずくと、トマソン選手は少年の手を握って言った。
「それならOKだ。誰にも辛いことはあるのです。君にも、君のお母さんにも。それを乗り越える勇気をもってください。」
・・・ このやりとりにまわりの誰もが沈黙し、涙ぐんでいた。誰も二人を急かさなかった。
トマソン選手は続けて言った。
「僕はこの大会で、君がこれからの人生に力強く向かってゆけることを願い、必ず1点を取ります。」
そして、彼は少年との約束を守った。
しかも1点ではなく4点も取り、前回のワールドカップの優勝国、フランスに勝ったのだ。

大会終了後の慰労会の会場でトマソン選手は少年を見つけると近寄ってきて話しかけた。
「いいかい。これが僕から君への最後の言葉だ。君の試練は神様が決めたことで、今から変えることはできない。でも神様は君に試練を与えたけど、必ず君にゴールを決めるチャンスも用意している。 そのチャンスを逃さずに勇気をもってゴールを決めることだ。」・・・・・母親の涙はとまらなかった。
少年にとって、トマソン選手との出会いは、どれほど生きる力になったかは、はかりしれない。

それからの長い人生の道のりで、彼は何度も、苦しさに、悲しさに、辛さに泣いたことだろう・・・
だが彼はきっと上を向いて泣いただろう。上を向くとそこにはトマソン選手と言う 青く! 高い空が広がっていたのだ。
その空を見つめながら、彼は懸命に懸命に自分のゴールに向かっていったことだろう。

大人になった今も涙がこぼれることがある・・・
いや、大人になったから涙がこぼれるのだろう。どこにも下ろすことのできない荷物を抱えて・・・
気が付くと苦しくて心が泣いている・・・悲しくて、悲しくて、どうすることもできない辛さの中で
心が声を上げて泣いている。大人だから泣いてはいけないと思うのだが・・心の涙はあとからあとから あふれてくる。そんな時、あの歌を思い出し上を向く。上を向いても涙はこぼれる・・・
だが、上を見ると、空が見える! 星が見える!・・・これから歩いてゆく道が見える!

障害を持ち生きる道は平坦な道ではない。私の父も全盲の人生を生きた。父の心も大人になってからどれほど 泣いたことだろう。戦争からどうにか帰国して、その手で日本の平和を築かなければならない大きな 仕事があったのだが、病になり何一つできずに亡くなった。だが命の灯が消える直前に我が子に万感の 思いで遺したその言葉が「ひと粒の種」となりやがて、多くの人の心を暖め、励ます「おはなしかご」と 言う大きな木になったのだ。・・・・父の遺したのは・・
「言葉は人の心を暖めたり、励ましたりするために神様がくれたものだ。だから決してドッチボールは するな。言葉は決して乱暴にぶつけてはいけない。ぶつけられるとその人の心は痛い悲しい、苦しい、 傷がつく。キャッチボールをしてゆくんだ。どうすればその人が気持ちよく受け取れるかを考えて 美しい言葉で、暖かな言葉で話しかけてゆけ。そうすれば必ずおまえにも美しい球が返ってくる。」 ・・という言葉だった。
この言葉は私にとって大きな大きな空となった。どこまでも広がる高く青い空となった。

何年か前からEテレで障害を生きる人達の番組が放映されるようになった。そして今年から NHK で「発達障害」の子供達や家族への様々な取り組みを実践し放映している。
おはなしかごではそれ以前から児童精神科医「佐々木正美先生」とともに「発達障害の子供達への児童文化教材」 の研究・開発・製作・そして子供達の心に届く届け方、美しく深い実践力のティーチングプログラム にとり組んできた。その成果としてそれらは支援級の子供達に歓声を上げ喜ばれ、迎えられている。 そして2020年はさらに上を向き大きな空に向かってゆく!
全国の先生方や発達障害のお子さんの家族の方々がどの方もどの方も楽しいお話の魔法使い(サンタクロース) になってほしい!!!!という大きな、素晴らしいゴールを目指そう。




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