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エッセイ集

エッセイ集
「翔ぶということ (鳥年に想う)」

  「人は昔、鳥だったかもしれない」という歌詞の歌がある。 その歌詞は、
  「こんなにも、こんなにも、空を飛びたい」 と続く。
  「悲しみのない国へ飛んでゆく翼がほしい」 という歌もある。
  「空を飛びたい」 と願う歌は実に多い。
  「飛びたい」 と願う時、人は上を向く。
 いつか誰かが 「上を向いて歩けば涙がこぼれない」 と歌ってくれた。
 歌った本人は、ある日突然、天上高く昇っていってしまったが、この言葉がどれ程の人の
 涙を支えてくれたか知っているだろうか?

  ゛泣いてはいけない゛ と必死にこらえても こらえても 々、体の奥からたまらない
 悲しみがこみあげてきて、涙があふれてきた思いは誰の胸の奥にもあることだろう。
 そんな時、どこからかこの歌が聞こえてくる ゛上を向くのだ゛ と聞こえてくる。
 そして人は、涙でぬれた顔を上に向けるのだ。 するとそこには、空がある。
 その空をじーっと見つめているとやがて誰も皆 ゛まだ飛べる空゛ があることを知ってゆく。
 もしかすると、人はやっぱり昔、鳥だったのかもしれない。

 目を閉じ、じーっと思い出してみると、飛んでいた感触がよみがえってくる。
 そうだ! あの頃、確かに空を飛んでいた。何も持たず、軽やかに、実に軽やかに、
 翼はためかせ、確かに飛んでいた。 思いっきり飛んでいた。
 あの時、空はどこまでも澄みわたり青く、青く広がっていた。

 だがそれから一体どのくらいたった頃だろうか。
 気がつくと巣箱の中にいた。わずかにあいた小さな丸窓から、かすかに空が見えるだけの
 小さな薄暗い巣箱の中にいたのだ。
 ここへ落ちたのだろうか・・・
 それとも捕らえられたのだろうか・・・
 いやもしかすると、なにかに追われて逃げ込んできたのかもしれない。
 ここへ来るまでの記憶には霧がかかっていた。
 確かにわかっていたことは、゛もう飛べなくなっていた゛ ということだけだった。
 狭い巣箱の中では翼を動かすことすらできなかった。
 一体どうすればここから出られるのだろうか?
 もう一度空を飛ぶにはどうしたらよいのだろうか?  必死に考え続けた。

 夜になると、巣箱の中は暗闇だった。 その闇の中で、かすかに一瞬光った灯りのように
 ある言葉が思い出されてきた。 昔読んだ本の中の一節だった。
  「飛ぶものすべては必ず一度は落ちる」
 どこかの国の老賢人の言葉だったような気がする。 やはり落ちたのかもしれない。
 だがその言葉はさらに続いていた。
  「落ちたままもう二度と飛び立つことができない者と、やがて真の翼を持ち、遥か彼方の
 上空へと飛翔してゆく者とがある」と。

 そういえばどこかの国の小さな魔女もほうきが折れて飛べなくなってしまったが、自分の
 力でもう一度大空高く飛んでゆく話があったことを思い出した。
 自分は一体どっちの道をたどるのだろうか。 ここへ来た道を探せばきっと空へもどれるの
 だろう。 だがそれには、゛落ちたのか゛ ゛捕らえられたのか゛ ゛逃げ込んできたのか゛
 を知る必要がある。 ゛なぜ今ここにいるのか゛
 何度も自問してみるが目の前には何も答えぬ巣箱の壁があるだけだった。

 しばらくすると、翼が妙に重くなった。 いつのまにか二羽のひな鳥がのっていたのだ。
 そしてえさを求め鳴いたいた。
 気がつくとひな鳥の世話で日が昇り、日が暮れていった。 毎日、毎日エサに追われた。
 時が経つとともにその重さは増していった。 翼はきしみ、今にも折れそうだった。
 ふと見ると、ひな鳥の体から茶色い小さな羽がはえはじめていた。 その小さな羽は
 みるみる間に翼の形となってゆき、いつの間にかもうひな鳥ではなくなっていた。

 ある日、二羽の鳥たちは小さな丸い窓から見える空を見つけた。 それから毎日、その空を
 じーっと見つめはじめた。
 小さな窓の向こうに自分の胸をふるわせる、何かとてつもなく広く大きな何かがあるのを
 知っているかのように・・・。

 そしてある朝、二羽の鳥は自分の力で窓をこわし、外に飛び出していった。

 だがそれから何度巣に戻ってきたことか。
 藪に落ち、ボロボロに傷ついた翼で・・道に迷い雨にぬれ、重くなった翼で・・
 崖に落ち、折れてしまった翼で・・無惨な姿で、何度も何度も巣にもどってきた。
 そのたびに自分の翼の弱さと小ささをいやという程知っていった。
 だがそれでも空を飛ぶことを諦めなかった。
 何度も何度も、もっと遠くへ、もっと高くへと翼をはためかせていった。
 ああ、昔の私もきっと同じだったのだろう。
 無惨な姿で巣にもどったことは全く覚えていないが、もっと遠くへ、もっと高くへという
 思いははっきり覚えている。

 そしてある日、二羽の鳥は飛び立ったまま二度と巣にはもどってこなかった。
 きっと山の向こうのどこかの森で、今の自分に必要な巣をつくりはじめたのだろう。

 若鳥達のいなくなった巣箱はガラーンとしていた。
 何度も壊された丸い窓のついた壁はもう跡形もなく、そこから丸ごと空が見えていた。
 空は青く澄みきっていた。 だが私の胸の中は巣箱のようにガラーンとしていて、冷たい風
 が吹き抜けていた。 そして、体の底から冷えてくるような得体のしれない寒さがおそってきた。

 どのくらいの間、そこでじーっとしていたのだろうか。

 ある日、どこからか鳥の鳴く声が聞こえてきた。 美しい声で歌を歌っていた。
 その声をじーっと聞いているうちに不思議に寒さがだんだんと遠のいてゆき、いつのまにか
 体はぬくもっていた。

 鳥の声は美しいだけでなく、やさしく深く、心の奥にしみ込んできた。
 ふと気がつくと、何かたまらない気持ちで、胸の中がいっぱいになっていた。
 長い間、忘れていた何かを思い出したような気持ちだった。
 そういえばどこかに ゛唄を忘れたあわれな鳥゛ がいると聞いたことがあったが、それは
 自分のことだったのかもしれない。
 長い間、毎日毎日のエサに追われ、いつのまにかとてつもなく大切なものを瀬戸の藪に
 埋めてしまっていたのではないだろうか?
 私は顔をあげた。 そこには空があった。
 空は青くどこまでも 々 広がっていた。
 鳥の歌はこの広い空いっぱいに響きわたっていた!
 ああ!なんとすばらしいことなのだろう。
 鳥は、この広い空を美しい歌を運びながら飛んでゆくのだ!

 私にもまだ飛べる空があるのだろうか?

 私はひと声鳴いてみた。
  「鳴ける!」 もうひと声鳴いてみた。 「鳴ける!」 三声、四声、・・・
 ああ!もしかして私もいつかあの鳥のように美しい歌を歌えるかもしれない。
 あの谷の向こうにも、あの山の向こうにも、あの里にも届けにゆけるのかもしれない。
 どこかに私のように唄を忘れた鳥がいるかもしれない。
 目が見えず飛ぶことのできない鳥が、じーっと耳を澄ませて歌が聞こえてくるのを待って
 いるかもしれない。
 私は体がふるえてきた。
 そしてそのことを本気で願い始めた。
 気がつくとその願いに全力で向かっていた。
 巣箱の中で聞こえてくる全てのものに耳を澄ませた。
 体を丸ごと耳にして懸命に確かな声を聞き取り、体の奥にしみ込ませていった。

 そしてある日、長い間動かなかった翼をそーっと動かしてみた。
 するとかすかに羽の先が動いたではないか。 胸がドキンとした。
 誰ものっていない翼はもう重くはなかった。 二羽の鳥たちが壊していった巣箱の両側の壁
 はなく翼を広げることもできた。
 バタバタバタ と羽ばたいてみた。 動く、動く、翼はまだ生きていたのだ。
 気がつくと杉の木の上にいた。 長い間巣箱から見ているだけだった杉の木の上にいたのだ。
  「飛べた!」 胸が音をたてて高鳴った。 「飛べた!」

 次の日、遠くに見えるクヌギの木まで飛んでみようと想った。

  「飛べた!飛べた!」 私の翼は生きて今、羽ばたいている!

 そしてとうとうある日、森を越え、川を越え、山を越え、広い広い大空を飛んでいた。
  「飛んでいる、確かに今、私は飛んでいる!」
 ああ!あの言葉は真実だったのだ。 どこかの国の詩人が
  「本気で願った者が全力で挑戦した時、飛翔はおきる」と言った。

 そうだ! ゛翼゛ とは 「願う」 ことなのだ。
 そして、゛飛ぶ゛ ということは、゛その願いを本気で実現してゆくことなのだ゛


 そんなある日、八十歳の半をこえた母から便りが届いた。 前文に 「句を詠んだから送った」
 と書いてあった。 文学はむろんのこと、句の世界すら全く知らない母である。 他愛のない
 秋の季語でも並べただけのものであろうと、そんな思いで便せんをめくった私は、その句
 の前で凛然とした。 母の句は、

              やそじ
  「人生に悔いなし八十路天高く」  と詠まれていたのだ。


 母の人生は、つがいに恵まれたとは言えその雄は盲であり、三羽のひな鳥とともに母の翼
 に重く重くのり続けた。 たった一人で巣を守り、必死に朝晩エサをさがしに飛び続ける
 その羽は藪にささり、ボロボロにさけようが、崖から落ち折れようが、雨にぬれようが
 ほんのわずかに羽を休める止まり木すらなかった。
 気がつくと母の体は無惨をこえた姿であった。 羽は跡形もなくちぎれ、体毛もえぐりとら
 れていた。
 そんな姿でやがての迎えがくるまでのほんのひととき、細い細い止まり木でうずくまるよ
 うに体をじーっと休めてものとばかり思っていた。
 ああ! だがなんということか。 母の精神は今だに飛んでいたのだ。
 しかも天高く天高く飛翔していたのだ。
 翼をもがれようが、片腹がなかろうが、鳥は空を飛び続けられるのだ。
  「天高く」 という言葉は、よほどに精神の奥に高い 々 空がなければ生まれ出てくる語で
 はない。

 私は空を見上げた。

 羅臼の大ワシは空の高見を雄々と羽を広げ飛ぶのだがその最中、時折「カッカッカッ」と
 鳴くという。
 その時、確かに聞いた。天高く飛ぶ母の誇らしげな鳴き声を。
 神の課した仕事を見事になし終え、雄々と鳴くその声を確に聞いた。

 ただの一度も 「奥様」 とも 「マダム」 とも 「御婦人」 とも呼ばれた事などなかった。
 指にも、首のまわりにも光る石を一度もつけたこともなかった。
 人生のすべてが、働きづくめであった。
 だがその鳥が、その老鳥が今、天高く見事な飛翔を見せてくれているのだ。

 自分の人生を一点も嘆きもせず、不運だとも思わず、これから先も神のくれたであろう
 命いっぱいをわずかに動く両の手で精一杯の仕事をしてゆくのだという。
  「淋しい」 などと言う言葉は孤高の老鳥にはないのだ。

 急げ! 我が翼よ、上空へと急げ!
 この母を伴い、目の見えぬ人達の心にしみ込む、真実美しく深い言葉を届けにゆける
 上空へと急げ!
  「あなたのくれたこの翼で私も確かに飛翔させてもらえました」 と見せにゆけるその日まで
 急げ!急げ!

 いつか我が巣箱から飛んでいったあの二羽の若鳥たちは今、きっと必死に巣をつくってい
 ることだろう。 
 翼にのっているひな鳥のエサを探しに雑木林を夢中で飛び回っているのだろう。
 鳥は実に丹念に、実に巧みに、実に心をこめた巣をつくる。

 そうだ、ゆっくりと巣をつくるのだ。 心をこめて確かな巣をつくるのだ。
 どんなに時間をかけてもいい。 確かな巣をしっかりとつくることだ。
 今はどんなに苦しくても、毎日毎日、自分の汗で運んできたそのエサでひなを育てるのだ。
 それがやがて君たちを、信じられない程の空の高みまで飛翔させてゆく、真実の翼となる
 ことを信じ、一羽一羽、丹念に飛び続けることだ。

 苦しさに耐えられなくなったら上を見よ。
 涙がこぼれてたまらなかったら上を向いて見よ。
 そこには空がある。 そして君たちの父や母が飛んでいる姿が見えるだろう。

 若鳥よ、ひなよ、そして生まれたばかりの卵たちよ、
 見よ、上空を! 鳥が飛ぶ!
 大人になった鳥達が見事な飛翔を見せてくれている!
 君達の生きてゆく空には数え切れない程のすばらしい大人達がいることをしっかりと
 見つめ、命継ぐ者等に確かに伝えてゆくことだ。

   見よ、上空を
   美しい丹頂が飛んでゆく

   雪山の空を真っ白な雷鳥が飛ぶ。

   ユーラシア大陸をめざし翼広げオジロワシが飛んでゆく

   耳を澄ませ
   森の奥でカッコウが鳴く
   ヨシキリが歌う
   セキレイが歌う
   空高くヒバリが歌う

 こんなにも 々 世界は美しい羽音と歌で満ちあふれているのだ。
 それらを隠す、わずかな雲や嵐などに負けるな
 父や母が、そして老鳥達が知っている確かな鳥の居場所をしっかりと聞き取り、
 耳を澄ませ空を見上げ今を飛べ!

 人は飛ぶ
 人生の空を雄々と飛ぶ
 自らの力で確かな真実の翼を持てた者達が
 美しく飛翔してゆくのだ。

 2005年の空を大人達よ飛んでゆこうではないか!
 魂の全ての力を想起させ
 今、この空をともに飛翔しようではないか!

 翼よ、あれが人生の上空だ!

  人は誰も皆
  ひとつの仕事を持つ
  人生のすべてをかける
  ひとつの仕事を持つ

  その仕事がやがて
  青く  青く
  どこまでも広がってゆく
  空をつくってゆくのだ




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